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2007年10月

Happy Wedding♡

Oj1Km1ちょっと前の話になるのですが・・・。もう10年以上のつきあいになる友人の結婚式に出席しました。会場ではひさびさに会う人も多くて、同じテーブルには昔からの友人ばかりがズラリ。「なんでうるさいお前の隣なんよ~、勘弁して」と両隣にいぢめられました、どういう意味??

Oj3 最近は友人に赤ちゃん誕生、というニュースはよく聞くのですが、でも今年の結婚式のお呼ばれはみんな同い年!まだまだ運命の出会いのチャンスは転がっているってことですね♪(←どうせ、ゼミ生に突っ込まれるから、先手を打ってみました)。さて、この日の新郎、長いつきあいだけに「結婚相手にこれだけは望むこと」というのをず~っと前から知っていたので、ほんとうにその願いをOj4 心から一緒にかなえようと努力してくれる、すてきな、かわいいパートナーに出会えたのが一目見てすぐわかりました。国際感覚もあり、しかも彼を上手にたてて、それでいて愛らしい。うん、ホントにすてきな方。参列したみんなも、彼が努力して磨いてきたもの、そしていちばん大切にしているものを見守ってきただけに、「夢をかなえられて、志を同じくする家族が二倍になって、ほんとうにおめでとう」という空気が会場いっぱいにみなぎっていました♪

Oj6 Ojまた、新郎は大学でもクラシックを専門Oj0として学び、ピ アノ奏者としてもかなりな腕前。新婦のお色直しの間に、東京勤務時代のバンドの仲間とセッションを披露したり、広島で一緒にやっているバンド仲間ともフュージョンの演奏を聞かせてくれました(うちのテーブルのFちゃんもドラムスとして熱演♪)。ともかく、みなさんに楽しんでいただこうという気遣いが感じられました。なんだかこの日の新郎、ぴかぴかと輝いて見えました(いOj10 つもは違う のか、というツッコミはなしで・・・)。しかも、うちのテOj7ーブルの悪友たちが当日朝7時過ぎまでかかって作った、彼の今までの人生を語る、スペシャルビデオのエンディングシーンではなんとピアノの生演奏を自らBGMとしてつけてしまうという・・・新郎、すべてにおいてこだわりというか、人生の最大イベントの演出を完璧にプロデュースしています。それでいて、最後の挨拶では男らしかった、いや、立派でした♪わたし、新郎が正直な思いのたけを、自分の言葉で語る結婚式が好きなんです。Sさんの結婚式と並んで、この結婚式は一生忘れません(いや、あなOj2たの結婚式も忘れてないでしょ?10年以上前だけど教会を出る時から、歌まで覚えていたでしょ>K君)。

ャンドルサービスの時に「ぜひぜひ近いうちにお食事行きましょう♪」と新婦をワタクシ、Oj9Oj11口説きましたし、近いうちにホントに行きましょうね>新婚ご夫婦。また、この日はケーキが二つも出た豪華なお食事にもカンゲキしました。ともあれ、新しいスタート、ホントにおめでとうございます♡これから、もっともっと幸せになってくださいね。で、ひさびさに再会したかたがたもぜひ旧交を温めにいきましょう♪

嗚呼!ドリアン羊羹

Dri これ、差し上げる人すべてに嫌われてしまいました・・・(T_T)。にほひはガスのようで、味も煮詰めてペーストにしてあるため、キョーレツだと。現に、うちの研究室で「ぱくっ」と食べた学生は、口の中に広がるかほりに呼吸困難に陥りそうになっていました。わたしも用心して、2mmほど試食しました。飲み込むのがやっとでした。でも、買ったときには「きっと喜んでもらえる」と思っていました。まさかこんな不評に苦しむことになるとは。ドリアン、やはりハードルが高い・・・。

高かったのに、高かったのに、高かったのに!(タイの物価では)

Dri1 一方、大人気なのがこちら、「ドリアンチップス」。どう処理されているのか、にほひはまったく消えていて、さっぱりした塩味とドリアン特有の甘みがえもしれぬハーモニーと評判。わたしも試食しましたが、言われなければドリアンとはさっぱりわかりませぬ。もっとないの、という声多数。同じドリアンとして生まれたのに、この境遇の差はなに?

Dri3 これはフォイトーンといって、日本の「鶏卵そうめん」のようなモノです。このジャスミンがかほる卵黄砂糖味も女子学生には人気ですが、男子学生には「あっま~い」と不評。この差はいったい?

月がとっても丸いから♪

Oi5 Oi4毎日、月を見ながら家路につくのですが、昨晩は宇品で月を見ました。周りに大きな障害物もなく空気も澄んでいて、広島市内を一望にしながら、ナッツをぽりぽり食べたり、ゼイタクにチーズをぱくつきながら、QCとかライフプランニングとか、のれんわけとか二束のわらじとか、よそのギョーカイの方々と難しそ~な話で意見交換。ていうか、まるでイギリス時代のStrategic Managementのゼミみたいだ・・・と内心あせりながら、会話に参加。で、わざわざ宇品のこのスカイラウンジにあがってくる前には、お茶しながらこの方に会っていたのでした♪

ほほほ、ひさびさにM子さんの登場です。元気そうでしょ?すっかりママOi1Oi2の顔になっていました。K君もまだ1ヶ月なのに、なんでこんなにしっかりどっしりしているのでしょう?おねむちゃんで眠った顔しか撮れないかな、と断念しかけたところで、ぽや~っと目を開けてくれました。この夢見る夢男みたいな表情は、パパママもお気に入り。でもちゃんと正面向いた顔も撮りました。Oi3Ak_2 「具合が悪かったとか?」と心配してくださるから「顔が・・・」と言うと、M子さんご夫婦は「え?顔が腫れてた?そうねぇ、確かに腫れてる・・・」。ええ?うちのキャンパスでは「すっかり腫れがひいたね」と言われているのに。そうですか、わたしのまわりのみなさんは、おやさしい のですね。い や、待って。もしかしてタイから続く、食欲のとまらない秋に顔が膨張しているのかも。残念ながら、M子さんご一家は本日広島を離れてしまいます。元気で、また会いましょうね♪

南国フルーツ初体験

Aifr51 Duria1 もう2週間前の話ですが、初めてのバンコク。ホテルは廉価な衣料品市場で知られるPratunamエリアの近くにあり、庶民的な顔を見せる街並みでした。ホテルを一歩出るとフルーツや焼き物屋台が朝からズラリ。ドリアン屋台もありましたが、今回はパス。だってホテルに持ち込み禁止なんですもん~。ビタミンCの補給に、そしてなにより見たことのない鮮やかな色 りに惹かれて、毎日タイのフルーツを試してました。

これはロンコーン。房になっていますが、ほんのりした嫌味のない甘さに Aifr1Aifr2つい、ひとつふたつと手が止まらない。しかし、食べた後、手がべたべたするので実は結構糖度が高いのでは。今回1番気に入りました。

これはラムッ。見かけは芋っぽいのですが、味はもう、なAifr4_3んというか熟れきった感じの甘さ。それも氷砂糖を入れた紹興酒のような感じ。食べ過ぎるとアルコールを摂取したひとのような口臭になります。これを食べ過ぎると「酒臭い」と間違われることがあるとか。

ザクロは現地では「タップ・テイム」と呼ばれています。この美しいルビーAifr5色とさっぱりした酸味と甘みのおかげで、種があって食べにくいのは我慢できちゃうので不思議。

ココナツはほら、まずはごくごくと中の汁を飲みます。そのあとで屋台のおAifr8 Aifr9 Aifr10 じちゃんが果肉を器用にくるりと切り取ってくれました。これまた、とくに味があるわけではないけど、おなかにたまるので、Aifr11小腹がすいた時にこのセットはいい!さとうきびジュースも飲みました。やさしいこの甘さは、ほっとします。焼きバナナなんかもこうやって、売られています。こうやって手作業で作ってくれるその作業工程も、昨今の偽装事件などを思うと、安心できます。作業効率・コスト重視・・・そんな言葉と引き換えに、わたしたちは何か大事なものを失ってしまっているような気がします。

Aifr12 Aifr20 さて。路上の屋台の黄金セットといえば、グァバ・スイカ・パパイヤ・パイナップル、そしてマンゴー。どれも一切れ当たり10バーツ。頼むとたちどころにスライスして、袋に入れて、長い竹串をさして渡してくれます。暑い南国ではぱくぱくとつまんでビタミンと水分の補給に。

編集最終日には近所のフルーツ屋さんで、南国独特のフルーツを、タイ人のO先生と一緒に選び、学生のビタミン補給にと、先生が食べ方をひとつひとつ指南してくれました。あるもAifr15 Aifr16 Aifr18 のは冷やして食べ、あるものは皮ごと、あるものは豪快にかぶりつき、あるものは皮を厚くむいて一口大に切っていくなど。たとえばノイナー(釈迦頭)。冷やして食べましたが、お釈迦様の頭のような薄緑の ゴツゴツした外見からは想像がつかないほど、あっま~Aifr19い!!砂糖より甘いですよこれ。ケーオ・マンコン(ドラゴンフルーツ)も、このウルトラAifr22バイオレットな皮は見掛け倒し(?)で、ブツブツの種だらAifr23けの実はキウィの味が薄い感じ。チョンプー(ローズアップル)も冷やしていただくのですが、水気が多くて、気合の入っていない梨、という味わい。このイボイボな見かけイケてないのは「サラ」ちゃん。しかし、これまた主張の弱い酸味が広がるフルーツであります。キライな味じゃないですけど♪

Aifr31 いずれにせよ、超甘いフルーツ。気合の入っていない中途半端な水っぽAifr33 Aifr30さのフルーツなど、日本で食べたことのない味わいには、「思えば遠くへ来たもんだ」という気分にさせられました。三輪車や、蒸かし芋や枝豆を竿で行商するおじちゃんとか見ていると、昭和ノスタルジーを感じて、同じアジアなんだなぁ、としみじみする街並みなんですけどね。

タイの平井堅?

Hike Hike3 前に書いた、タイで知り合った雑誌のライター兼カメラマンさんです。いまは写真 の勉強をされているとか。「平井堅Hike4に似ているとよく言われます」というので、デジカメで撮らせていただきました。似ていますか? 今回のタイでの映像作成スケジュールは、10月4日(木)にタイに到着。5日からは5人の日本人学生はそれぞれ、自分の担当する5都市に散らばり、取材・撮影。10月8~9日にバンコクに戻ってきて、編集作業。12日(金)の午後からタイ外務省でHike5Hike1 上映セレモニーがありました。このセレモニーのために、わざわざこんな黄色いポロシャツが作られたほど(黄色は王様への尊敬をあらわす色)。タイ政府のこのプロジェクトへの意気込みがうかがわれます。期待に応えようと連日、へとへとになるまで頑張って作品を仕上げた彼ら。その労をねぎらい、タイの文化の理解促進のため、その日の夜にはSIAM  Hike7 Hike2 Hike9 NIRAMITというタイ文化や芸術舞踊、地方の村落などを一同にあつめたテーマパークに政府から招待されました。そのときのみんなのリラックスした表情など、このライターさんが素敵に切り取って、のちにメールで送ってくれました(このブログの画像はわたしの撮ったものです。へたですみません)。

それから。本学の4年のある学生ですが、業界をしぼって就職活動していたため、なかなか内定が出ず、「そろそろほかの分野も・・・」と遠まわしにまわりに言われたりしていましたが、自分の夢をあきらめず、頻繁に東京に受験しに行っては消沈して帰ってきました。そんな彼に今週、2社から内定が出たのです。いままでどんなに望んでもなかなか結果が出なかったのに、今度は逆にどちらかを選ばなければならないという皮肉。話を聞きながらも、さまざまな要因から、わたしは片方のほうが彼に向いているのではと思っていました。しかし、あくまで答えは本人が出すべきこと。両社のメリット・デメリットはそれぞれ説明しつつも、本人の判断にわたしのバイアスのかかるような話し方は避けていました。そんな彼に、昨日、再びばったり出会ったところ。「もう答えは出しました。○○にします」。それは、わたしが内心オススメしたかったほう。ほんとうにホントにおめでとう。最後に愛は勝つ・・・こともあるけど(笑)、彼の将来の夢をあきらめない姿勢は、勝ちを呼びましたね。でも、ほんとはここからがスタートなんですよね・・・東京での活躍を心から祈りたいと思います。

らんらんランチ

らんらんランチ
わたし以外のおふたりはロシア語でも会話でき、わたしがいたから英語にしてもらったというランチタイム。レイチェル・カーソンからカザフスタンの環境変化など知らない知識を得る機会になりました。このようなグローバル時代の人材育成をテーマにNIBES国際シンポジウムが10月29日にオリエンタルホテル広島4階で開催されます。時間は13時半よりモルテンの民秋史也さんが基調講演をされ、14時半よりメキシコ、トルコ、アメリカ、インドネシアの各大学の学長、副学長やマネジメントセンター長と本学のハラダ先生がパネルディスカッションを行います。入場無料ですのでお気軽に会場にお越しくださいとのことです。わたしも行きたいけど授業と重なってます。異文化とメディアがテーマのクラスですが移動が無理なのでクラスのみなさんを連れて行くことが出来なくて残念です。(NIBES国際シンポジウムについて http://www.hue.jp/100th/event_detail.html#100th_event05

またしても。

春の某学会に友人の結婚式で参加できませんでしたが、秋もこのように体調不良やら仕事の都合などで、残念ですが行くことを断念しました。その分、キャッチアップするべく、自分で頑張らねばなんですが。

壁にぶつかること

狭き門をあえてくぐろうとチャレンジをすることは、やらないで安全策をとって、結果的に後悔するよりきっと、得るものは大きいと思います。何を指しているのか、今日話したひとにはわかると思いますが。

わたしも第一志望の会社に最終で落ちました。世の中全てに否定された気がして、なんだかしばらく、人と話す気にもなれなかった。かえって気を遣ってくれるひとたちがうっとおしかったくらい。ひとりでひきこもっていたかった。それでも、時が経つにつれ、「なぜ選ばれなかったのか」冷静に振り返る気になってきました。面接での自分を分析すると、その会社にとって欲しい人材像と自分の語った言葉にギャップがあったということに気がつきました。自分に問題があったというよりは、「会社の望む社員像」とわたしの現実認識の間に差があったということ。それは、事前の周到な準備で防げたものなのか、そういう簡単な差異ではなかったのか、そこまでは入社前の自分にはわかりませんでした。ただ、順風満帆にきていたら、そんな風に自分の問題点を振り返ることもなかったでしょう。挫折経験が、その後に生きたと、いまにして思えば、早い時期に自分を見つめる機会があったことはよかったのだと思います。

壁に跳ね返されたら、それをバネに大きく飛躍してみせると、自分をふりかえってみましょう。自分の持っている強みを最大限に磨き、弱みを克服する。そしてパワーアップして元いた位置よりも気がついたら高いところにいる。そんなことを重ねていけば、目指していた壁は乗り越えていけます。幸運は準備をしたひとにのみやってくるということわざを信じて、がんばってくださいね。

ほんとのオバさん

「わたしがオバさんになっても~♪」なんて、昔、カラオケで歌っておりましたが、昨夜ホンモノのオバさんになりました。弟夫婦に赤ちゃんが誕生いたしまして。本当によかった♪こうやってまわりが穏やかな生活を送ってくれるだけで、わたしにもハッピーオーラが伝わってきてうれしいです。こうやって歯が痛いだけでも、不自由な生活ですもの。毎日、食べていけるだけで感謝しなければですね♡

今日は宮畑加奈子先生による研究発表が2時45分から開催されます。「台湾の環境政策」がテーマですので、教職員のかた、ぜひ足をお運びください。

夜の広島城

夜の広島城
しかし歯のせいで顔が腫れてます。やっと原因はわかったもののまだ治療は続きます。しかもこの腫れた顔で今から外で仕事です。

7年ぶりの連絡

先日、福岡空港に降りた際、カリフォルニア時代のクラスメートの会社の社員さんにお会いする機会があったため、名刺を預けてきました。忙しい人だしなぁ、と思っていたのですが、メールをいただきました。「教科書借りたままになっていて・・・」とあって、こちらは覚えていなかったのですが。ベネズエラ人に貸したコンシューマーマーケティングのテキストが、どこかで紛失してショックだったことは確か、ありましたけど。とにかくパワフルで、日本ではW大で学部を終え、K大でMBAを取った方なので「両校の伝統の一戦ではどっちを応援するの?」とへんなことが気になっていました。話を聞いていると、楚々とした美貌からは想像もできないほど、波乱万丈の人生ながら、常に自分の力で前向きな人生をもぎとってきたひと。日本に戻ってからの人生も、きっと強く、しなやかに生きてこられたことでしょう。再会して、あのパワフルな彼女の前向きオーラに再び出会える日が来るのを楽しみにしています。(ぜひ、S子さんもご一緒に♪)

あ、そうだ、タイで知り合った記者からもメールいただいたのですが、この人、自分で「平井堅」に似てるでしょ?と言ってきたひと。本人の許可も得ているので、近いうちに写真アップします。似ているかどうか、判断してくださいね♪

歯が痛い・・・

突然、歯が痛みはじめました。9月に歯医者に行ったとき、異常なしと言われたのに。歯医者にももう行けないし、明日までがまん。仕事が終わらず、歯は痛いし、タイのお話がなかなかアップできません。すみません。

アーミッシュの村

昨日の3年ゼミでアーミッシュの話が出ました。ペンシルベニアダッチの隣町に住んでいた女性のおうちにホームスティしていたことがあるので、かれらの独特な食について話を聞Amish1 いたり、実際に中西部に移住して、独自のコミュニティを作って暮している村にたずねて行ったりしたことがありました(画像は彼らの利用する馬車)。アーミッシュの昔ながらの生活様式は、メディアの発達によって、少しずつ変化しています。確かにいまだに馬車を使って移動したり、みなが同じ服を着て、自分たちだけの食事や言葉を持つなど「独特の生き方」をしているように見えますが、とりわけ若い世代にはメディアを通して外界の情報が入ってくるだけに、自由で「便利な生き方」へのあこがれを持つ者も少なくないようです。わたしが訪ねて行った日も、アメフトの大学対抗決戦があった日だったので、話を聞いていたお宅の息子さんは「お母さん、コミュニティセンターに行っていいかな。アメフト見たいんだ」と、地域のコミュニティセンター(一般のアメリカ人が利用する公民館)まででかけていきました(つまり、おうちにはテレビなど電化製品はないのです)。

このような昔ながらの独自文化を持つマイノリティのコミュニティがどんどん変容している姿は、このたびタイの映像制作プロジェクトでSさんが取材をした古都、チェンマイでも見られると、チュラロンコン大学の先生が話しておられました。少数民族が共存することで知られるタイ北部のチェンマイ。しかし、毎週金曜は民族衣装を来るようにし、自分たちの文化に対する意識を守りましょう、と地元行政がラジオで呼びかけるほど、いまや「バンコク化」が著しい、とフィールドワークから戻られたばかりの先生は説明してくれました。この傾Amish2 向は世界中のマイノリティに見られるようで、ニューメキシコのプエブロインディアンたちを訪ねたときにも、部族のお年寄りたちが若者の「アメリカ化」を嘆いていました(たとえば、若者たちが独自の通過儀礼を経て、地域の求められる生活様式で生きていくよりも、低賃金のガソリンスタンドやファストフード店でとりあえずの現金収入を得て、便利な生活を求めてAmish3 コミュニティを捨てていくと話していました)。外界とメディアでつながり、生き方の選択肢が増えたため、このような世代間の変化が起こっていくのでしょう。若者でコミュニティに残っていても、移動には車を使う人も多くいます。「部分ぶぶん、近代の利便性を享受」しながら、儀礼の際には従来文化にのっとった生き方をする、そのようなしなやかな考え方の若い人たちを見ていると「このままではこういう独自文化も、あくまで外部に見せるためのプレゼンテーションとしてしか残っていかないのかな」といらない心配をしてしまいます。もっとも、それこそが「部外者の単なる感傷」なのかもしれません。情報のフローがあって潮目が変わってしまったものを、元に戻すことはできないのですから・・・。

カザフスタンから

カザフスタンから
本学に留学してきた学生さんです。明るくて好奇心旺盛で将来展望についてもさまざまな可能性に向かって努力しているひと。これからいろいろことをお話していきたいですね♪授業にもそのうち入っていただく予定です。

善戦むなしく

善戦むなしく
34対35で接戦でしたが負けてしまいました。決勝トーナメント進出を逃しました。残念!

第二試合は完敗

第二試合は完敗
相手が強かった、ホント。33対43。山賊むすび食べて、次の試合に備えてます。

第一試合勝利

第一試合勝利
今日は全学ゼミ対抗球技大会。1年ゼミがソフトバレーで第一試合に勝利しました。この勢いで次の試合も楽しみ♪

旧国道フィールドワーク発表会

昨日は2週間ぶりの4年ゼミ。旧国道をそれぞれの切り口で調査、見えてきたものを発表するフィールドワークの発表会(形式自由)。現地人御用達のタイスィーツをお土産に参上したのですが、油饅頭のにおい?がダメなのか、撃沈する者多数(セメダインみたいとの声も。全然そんなことないけどなぁ)。思ったよりあまったため(笑)本日の発表の最優秀賞の学生に進呈することを最初に宣言しました♪

トップバッターはコレクター商品を売買している若い経営者のお店を紹介。アニメフィギュアやレアグッズ、またはカープグッズなど、趣味の世界を仕事にしている経営者がかもし出す雰囲気も含めて、ココロがなごむ空間だったと報告してくれました。二人目の発表者はV構成で公園をカメラ目線でひたすら追いかける。野球のバットや経大生のノートが落ちていたり、意外な落し物が大写しに。インタビューも入っていたのですが、いっぽうで環境問題への提起なのか、地域公共圏としての衰退をテーマにしたかったのか、コンセプトを絞ったほうがいいのでは、とゼミ仲間からアドバイスがありました。次の発表は旧国道と並行して走るJR可部線の歴史、そして祇園という地名の由来となった神社を紹介するなど、地名に絞っての調査をしていました。4人目は通学路沿いに見える旧国道とのからみ、写真に映る景色と自らが感じたことをコラボして作り上げたパンフレットを配布。このような形式での発表は珍しく、文体も発表者の個性をあらわしている、と感想にありました。5人目の学生は三菱跡地にできる大型ショッピングモールと地域の交通問題をからめての現状報告。そして、トリは本日の最優秀賞をさらった、N君の弾き語り。その名も「下祇園(仮)」。これは、ほんとに・・・4年間、この道中の景色を見て、いろいろな思い出とともに歩いてきたからこそ感じる、素直に心にしみいる歌詞で。みんな、それぞれの思いと重ね合わせながら静かに聞き入っていました。あの静寂の中にあった一体感は、4年間で初めて感じたものでした。個人のクリエイティビティと他者が結びついた瞬間というか。ほかの学生から「自分にも火がつきました」との感想が。なんだか、じ~ん・・・。

で、投票の結果、プレゼンテーションの最優秀賞に輝いたN君には、にほひの強烈なタイスィーツの残りが進呈されました。しかし、3時間後に「これ、お返しします」と研究室に返ってきました(涙)。なぜ~??かわりにタイの7-11で買ったゴマもちを渡すと「これはいい」と食べていました。その後、タイから帰国したDさんも現れ、「なんとか生きてます」と自分の言葉がでかでかと載った英字新聞を読んでいきました。さぁ、来週の残りの発表&卒論・卒制中間発表も楽しみですな(さりげなくプレッシャー)。

ACC学生CMコンクール入賞作発表!

今年の学生CMフェスティバルの結果がACCのHPに記載されています。http://www.acc-cm.or.jp/festival/07gakusei/07gakusei_result.html

全国からラジオCMは2453点の応募があり、みごとグランプリに輝いた作品は日常生活の何気ない一コマをさりげなく切り取り、商品特性と結びつけたCM。20秒に凝縮された無駄のない言葉の連鎖。やはりこのようなひとひねりを生み出せるかどうか、が大きいと思います。来年に向かってがんばりましょう!

Bangkok Postに

10月14日版のタイ主要英字紙「Bangkok Post」のフロントページに写真つきで、今回の日本-タイ修好120年記念の番組制作プロジェクトがとりあげられました。13日版まではホテルで読んでいたのに、手に入れられなくて残念。また、プロジェクトの詳細が伝えられているページでは、本学から参加して南部のリゾート地、津波の被害にあったクラビのひとびとの声を伝えた、Dさんの次のコメントが大きく記載されています 。''People in Krabi and Hiroshima have been through heart-breaking experiences but they struggle on. So we should not give up [hope].'' これが彼女の映像が伝えたいメッセージの核の部分です。クラビのいまを自分のカメラで伝えよう、と被災者や遺体が運ばれたお寺の方や、部下を亡くしたのをきっかけに、被災孤児をサポートする活動を始めたご夫婦、家を流されてもなお、海上で暮らし続ける一家など、さまざまな場所に赴き、多くのかたに話を聞いたDさん。言葉の壁を越えて多くの出会いを育んだようです。現に映像上映のエキシビションにクラビでホームステイをしたお宅の親族が訪ねてこられ、「彼女をねぎらいたいので、短時間でも連れ出してよいでしょうか」とご自宅に招待されていました。

日本-タイの長い友好の歴史の象徴としての、「都市と若者同士の交流」が今回のプロジェクトのテーマ。まさにその精神は、今回のプロジェクトに関わったひとすべてから学ばせていただいた気がします。とりわけ日本側の責任者のP先生、タイ側のコーディネイターのWさん。そして、チュラロンコン大学のO先生とは毎日毎日密度の濃い話をしてきました。メディアという道具を効果的に使うことで、それぞれのテーマを見つけ、自己表現を促すということ、社会をカメラで見つめ、焦点を絞ることで、学生がいかに主体的なまなざしを獲得し、成長していくか、などなど多くの体験を話していただきました。そして両国の15人の大学生の前向きな姿にも、感動しました。

日本人学生側にとっては、タイ語がわからないから、ひとりでカメラ取材も編集も構成も翻訳もしないといけないから、と通常の国内取材よりも大変な番組制作でした。しかし、誰一人としてそれをグチることはなく、常にポジティブで一歩でも前に進もうとする姿勢には圧倒されました。中学の時からNHKのラジオで英語を勉強し続けているひと、休学してベイルートや中東、東南アジアやアメリカを自らの目で確かめながら歩き、自らの価値観を拡げてきたひと、大学でタイ語を学び、自分のものにしようとこつこつ地道な努力を続けてきたひとなど、自らの大学時代のテーマを達成するための努力を続けてきた、いままでの生き様の集大成が今回のプロジェクトへの姿勢に結実していたようです。タイ人学生たちも、実際に毎週放送番組を制作し、テレビで放送しているスタッフなので、印象的なカットを作り出す映像構成能力や、パソコン編集の技術は相当なレベルです。ほんとうに出会ったすべてのひとから学ぶことの多かった、タイでの経験でした。

無事帰りました。

深夜便だったので、またもへろへろな状態で広島に帰り着き、爆睡してしまいました。

バンコクは初めてだったのですが、もう、ほんとうに、さまざまな意味で「驚きの連続」でした。そして、日本人学生たちの奮闘ぶり(2日ほど完徹なひとがほとんど)にもオドロキ、タイ人学生の気遣いにもびっくり。なんとか荷物をパックして、やれ、ホテルをチェックアウト、という段階でみんなが「先生に」「これどうぞ」「タイの記念に」などなどなどなど、ひとりひとりが別々にお土産をくださるので、荷物がはみだしまくってしまいました。しかも土曜の深夜なのにほぼ全員が空港まで見送りに来てくれるのです。また、政府高官たちもホテルまで挨拶に来るのです。そして、チュラロンコンの先生たちも。ただただそのホスピタリティには驚くという以外の言葉を知りません。みんな忙しい身の上なのに・・・。

それと同時に、格差社会が目に見える形で存在するだけに、逆の意味での驚きの連続でもありました。いったい、これはなんなんだろう、どうしてこういうことがまかり通るのだろう、という意味で・・・。

ともあれ、本当に学生たちはがんばりました。日本語で書くとちょっと気恥ずかしいのですが、締め切りの直前まで粘って、時間の制約の中でのベストを尽くした彼らを誇りに思います。「異国にいるのに、ホテルに缶詰めで編集して、バンコクにいる気がしない・・・」という声も聞きました。しかし、チェンマイ、ウドンタニ、ノンタブリー、バンコク、そしてクラビと、タイの5つの都市を歩き、自分たちの視点で映像で切り取り、物語を構成し、編集を完成させた経験は、今後の自信になっていくことでしょう。そして眠りそうになると、お互いに励ましあった日本人学生同士、それぞれをホストしてくれたタイ人学生との友情、それはこのハードな日程での苦労を共有したからこそ生まれたものだと思います。ほんとうにお疲れ様でした。また、バンコクでの模様はダイジェスト版で(?)報告したいと思います。

バンコクにいます

プロジェクトメンバーのパソコン借りて、ココログに入っています。昨日は今回の日本側のコーディネイターのP先生のお知り合いの、チュラロンコン大学のマスコミュニケーションの先生のご家族とお食事しました。メンバーのみんな、ロケでいろいろ大変な思いをしながら、各地で取材を終わらせつつあります。これからは編集。みんな疲れていますが、いちおう元気です。

ブログお休み

これからタイ出張ですのでしばらく更新ストップです。無事タイの若者のいまをテーマにした5つの番組が作られ、日本の若者の代として(?)バンコクでのみんなの英語のスピーチ&全体上映会が上々のできになるようみんなと頑張ってきます♪

旧国道フィールドワーク

ゼミで旧国道のフィールドワークを行いました。「日常の中にテーマを求め、地べたからの目線で問題意識を持つ」ための基礎的な調査実習です。発表は2週先。各自がそれぞれの表現力と切り口でプレゼンテーションをしてくれることになっています。

Gion1 Gion2たしも学生と同じように、まず歩いてみました。JR下祇園駅前から旧国道 に入り、バス停の「下祇園」から「上祇園」までの地点を辿っていくことを今回テーマとしました。だって、駅名として下祇園があるなら、上祇園は?どこからどこまでが祇園なの?とか、ちょっとふしぎに思いませんか?まずこの上りの下祇園バス停からスタート。狭い旧国道の店の前ににょきっと立っているのです。ないんですよ、特別なスペースが。平べったいひとならともかく、わ Gion3たしのようにまんまるいと道の端で乗り降りするのでドキドキものです。バスが止まると、当然その車Gion4線の後続車はストップです。そこGion5から、てくてくGion6Gion7歩くと、手押しポンプ(?)の名残とか黒塗りの素敵な旧家や、軒に注意、なんて看板も。このあたりは畳屋さんや板金屋さんとか製麺所など、人の手を通す、職人気質の店舗が見受けられます。

Gion10 さらにてくてく歩くと、先日うちに来られた(別にヘンな意味ではなく!)祇 園警察を通過。このおサレな白い壁はなんだろうとのぞきこむと、店構えもちょっと変わってて、よくよく見ると美容院でした。そして中祇園バス停到着。この隣にはこのように真宗の勝想寺が見えています。さらにゆくと、ワイルドな樹木が茂った、 地主に通行を禁じられている通り道もあったりして、ネコちゃんがにゃおんとひなたぼっこしていました。また、この界隈には薬局・Gion13医院が多いことを発見。それも同Gion14じ苗字の医院なんですよね、それぞれご担当Gion15は違うんですけど。もともと地の方なんでしょうか。昔、取材した島には西・北という文字のつく苗字の方ばかりの土地がありましたが、ここには何か理由があるのでしょうか。

てくてくさらに、上っていくと、安神社発見!と同時に、やっと上祇園のバス停にたどりついたことになります。ふぅ~、しかし、バス停の隣に神社仏Gion17 Gion18 Gion19 閣があるのも、なんだか歴史のある旧国道らしいですね。安神社の中に入ってみましょう。ほら、ちゃんと手洗いのための水があります。これはトルコのモスクでもこんな感じでした。やはり祈りをささげるGion20 Gion21 前に身を清めるための沐浴って大事に思われていたと推定されます。このように基本的情報なしにただ、単純観察として旧国道における古い行政区分の下から上の祇園エリアを歩いてみただけでも、いくつか調べてみたいファクターがでてきました。さぁ、ゼミ生のみなさんは地べたからの視点で何を見つけたのか、発表が楽しみですぞ♪

行ってきます。

De1De3De2日本-タイ修好120年記念イベントの一環の、映像メディアで語る相互 市紹介プロジェクト(通称『日本-タイ・フレンドシッププロジェクト』)でDさんがタイに飛びました。昨夜が最終打ち合わせ。「日本最後の夜は、うどんで」とか語っていましたのでうどん屋での深夜ミーティング。愛媛人だからか、うどんにもちトッピングまでしてDe5ましたよ。しかも親子丼までつけて。いったい、この細いからだでなんでこんなに食べて細いままなんでしょうか・・・謎じゃ。(おばちゃんはね~、栄養バランスを考えて、この冷やしピリ辛うどんに魅了されてしまったのじゃ)。

さて、この取り組みはカメラを持って、現地を取材・構成して番組を作ることでペアになっている日本とタイの2都市の社会と地域性から見る、日本やタイの若者の考え方や文化・・・などに迫っていく、という趣旨の企画です。また、来週末のバンコJptクでの日本・タイの政府関係者やマスコミを招いての上映会では、学生ひとりひとりが、自分の作品のポイントを英語で説明し、興味を持って見ていただくようスピーチをする、という流れになっています。公式な場で、自分の意見や作品を堂々と紹介できれば、つまり、これを体験することで、学生たちにとっては、大きな自信になるでしょう。そのためにはぬかりのないよう、入念な準備が必要です。今回の神田外語大学、明治学院大学、そしてうちの学生はみんな、意欲もあるし、実際にやってみたいことを行動に移せちゃうパワーの持ち主ばかり。ほかにも広島でタイ語の通訳をしてくれたKさん、宮島でのアテンドをお願いしていたY君といい、この企画で知り合った学生さんは、みんな頼もしくて、ほれぼれしちゃう若者たち。タイでは毎日、楽しみも、驚きも、日本と事情が違うことで立ちはだかる壁も、急な計画変更も、いろんなことが荒波のようにやってくるだろうけど、なんとか乗り切っていい作品を作っていきましょう。わたしも授業が終わったら、遅れてタイに飛びますけど。

1・2・ドンドルマ♪

Ner ドンドルマの素をお土産にお渡しさせていただいたみなさま!

解説はトルコ語であったため、「どうしろっちゅうねん!」と言われ、「チャレンジしてみてください♪」とひとごとのように言い放った平成無責任女がここに。

しかし、Mさまの尽力により、ここにトルコ語が美しい日本語に翻訳される日がやって参りました。以下、作り方の説明です。これ、「てきと~に推理して作ってみそ♪」なんて、簡単なモノではありませんでしたね・・・ここに伏してお詫びします。そして、ぜひねりねりと作ってみてくださいね♪

1.冷蔵庫で冷やした200ml(1カップ)のロングライフミルク(注:普通の牛乳で可)を十分な容積のあるボウルに注ぎ、袋の中身をその上からあける。ハンドミキサーを下ろし、高速回転で57分ほど空気を入れながらかき混ぜる。

2.十分混ぜたものを、厚さ3~4㎝以上にならないように、好みの金属の容器(バットなど)に入れ、スプーンで表面を平らにする。長時間冷凍室に入れ、固くなるまで(おおよそ24時間)冷やしておく。

3.凍ったドンドルマを盛りつける前に、冷蔵庫(冷蔵室)の一番下の棚に置いて1020分待つ(注:少し柔らかくする)。かき集めた状態(注:袋の写真参照)にして器に盛りつけ、すぐにいただく。

世界中の誰よりきっと。

Burap Burap2 世界各地からのお土産を喜ぶひとがここに、ひとり。だって、それらのお土産に対峙することは、すなわち異文化との遭遇にほかならないのですもの。関西でのメディア研究インカレでだって、うちのゼミ生が「林先生は食とメディアの研究をされていますから」と大マジメに説明してくれていました。さて、タイの学生グループから、タイオリジナルポッキーをいただきました。ラーブ味って果たして??そして、ランブータンの缶詰め。というか、Heavy Syrupというのが謎。へヴィーなシロップとは??また、トルコのしっとり沁み沁みパイみたいなこゆ~いシロップかしら。

Burap3 Burap4 ベトナム土産はこんなにかわゆい刺繍の袋。中にはココナツ風味のウェハースが。ベトナムって宗主国だったフランスの影響か、パンがおいしいって聞いたんですけど?会議のときに聞こう・・・。そいから、韓国のチョコレートもありがとうございます。ロッテデパートで売ってたキムチチョコレートとか唐辛子チョコレートじゃなくてよかった・・・。ちょっとチャレンジャーになるにはBurap5 Burap6 勇気がいりますよ、これらのフレーバーだったら。お次は国内は南紀白浜からのエントリーですが、アドベンチャーワールドのパンダちゃんのお墨付きなんだそうです。まっこと、この「かげろう」はダックワーズみたいに、口の中でほろほろとかげろうのように溶けていきます。繊細なお土産モノってあるのねぇ~。そして大阪からの「ゆるキャラ・キティさん」。キティちゃんではなく、キティさん、というところがミソ。あれ?やっぱりなんだか、ツッコミどころのあるお土産が多かったのでした。みなさま、楽しませていただいてありがとうございました♪

未来予想図II

Bosp5カラオケに一緒に行くひとは知ってますけど、ドリカム好きです。コンサートにも行ってたし、イギリス留学時代も日本語の歌詞が愛しくて、よく聞いていました。これはとくに好きな曲のひとつなんですけど(で、映画になっちゃったので最近はいつも家で歌ってます)。それでも、吉田さんのパートナーがこんなに若くして亡くなったりすると、わたしも大事なご主人を残して8月に旅立った年下の友人のこと思い出して、しまいます・・・。一生を添い遂げたいパートナーに出会えた奇跡。けれども、若くして病を得て、これからというときに想いを残していかなければいけない哀しみは、想像することすらできません・・・。だけど彼女のことを心にとどめながら、立ち止まるのではなく、彼女が残してくれたものを、わたしたちは大事にだいじに守りながら、前を向いていこうと話しています。

Bosp2昨日は授業のあと、タイでの現地ロケの打ち合わせ。ロケで訪れるクラビーも津波で多くの命が流され、当たり前の日常生活が失われた街。そこで再び歩き出したひとびとの息吹や、生き続けていこうとする原動力や、普通の生活で見失いがちな、ひとのぬくもりが見えてきたらいいな、と話し合っていました。それでも、実際現地に行かなければ、かの地に生きるひとの想いの本当のところはわからないし、失ったことで生じた心の傷は、ひとりひとりのもの。それをわたしたちが映像で語ることができるなImg_2123 んて、尊大なことは考えていない。それに触れることでかえって傷を広げてしまうかもしれない。クラビーについて日本のひとに伝えたいこと、見てほしいもの、それは事前の先入観にとらわれすぎると、表面に浮かんでいない彼らの内面を見つけ出すことは難しい。ので、しっかり目を見ながら対話を欠かさないで、コンセプトを絞っていこう、とDさんと準備をすすめていきます。日本とタイ、アユタヤの時代から120年もの長きにわたって交流を続けてきたその記念の映像プロジェクトを通して、未来予想図IIの歌のように、何年たっても、若い人たちが相互を理解しあおうという気持ちを持ち続けられれば、と願っています(左の画像は先日の上野でのタイフェスティバルの模様。プロジェクトメンバーのN君が撮って送ってくれました♪)

変わらない強さ。

Amato1 広島駅前のそのお店に初めて行ったのは確か、15歳のとき。当時はおさげ髪だったかおかっぱだったか覚えてないけど、厳しい校風の女子校時代、先輩(うちの学校ではおね~さまと呼ぶのが伝統。いまだにみんなに笑われるんですよね)にこっそり連れられて行きました。実はわたし、こう見えてアイスクリームにだけはあまりそそられないんですよ。猛暑のときとか、鎌倉の紫いもアイスや宮島のシカ(の糞)アイスなどのご当地限定モノとか、なんか萌えポイントがないとわざわざは買って食べない。し、しかし、そのお店のクリーム(アイス状ぜんざい)を初めて食べたときの衝撃と言ったら。それ以降も食べるたびに「し・あ・わ・せ~♪」と首を曲げてしまいます。

とはいうものの、あまりに駅に近すぎて、ず~っと長いこと行っていませんでした。先日、コンタクトを取りに行って、次の約束までなぜか小一時間あったので、「そうだ!あそこに寄ってみよう!」と10年ぶりくらいにふらりと足を運んだのですが(びらりではない!)。

Amato2 何にも変わってない。窓際でただひたすらに二重焼を焼いているおじ~さんは昔、初めて見たときのままの姿勢だし、近くでお客さんとお話しているおば~さんもお元気なまま。ほかの方もご家族なのか、ご近所のかたか、とにかくみなさんが昭和24年の創業以来、同じ雰囲気を醸し出す空間で、ふつうに自然体で注文をとり、電光石火の速さで頼んだ品が出てくるのです。この、昭和ノAmato3 スタルジーなたたずまいに、なんだか子どもの頃にもどったようで、ほっとし、スプーンを口に運ぶ。「ああ、おいひい・・・」。抹茶の絶妙な味わいと北海道産小豆の心地よい甘さ、炊き方。そして硬すぎずやわらかすぎないぜんざいクリームの口どけのバランスに「プロの技じゃ・・・」と、やはり感動してしまったのでした。これ、全部手作りなんですもの。アイスにそそられないわたしでも、これだけは毎日食べても飽きないんだろうな・・・手間暇かけているのにお値段も良心的だし。人間がやっていることだから、もちろん味のバランスがイマひとつの日もあるでしょう。それでも、汗の吹き出るようAmato4な猛暑の中や、冬のかじかむような冷気の中で、このおじ~ちゃんが丁寧にていねいに練り上げて作ってくれているんだ、と対面で感じながら食べる、懐かしい甘味。そんなお店を自力で探すことは、コスト重視のサービス業の競争が激しくなった昨今では、かなり難しくなってきました。今回、タイ人学生たちも、時間があればぜひ「広島に息付いている昭和」を感じてもらいたいな、と連れて来たかったんだけど、叶わなくて残念でした。しかし、今期はカザフスタンからの学生のアドバイザーを拝命したので、ぜひ一緒にここでお茶したいと思っています♪

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